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1ショット日記
2003/vol.08
今野章は、考える人である。
「寝る前とかもよく考えていて、夢にも試合のことが出てくる。果たして、自分が出ていてこのままでいいんだろうか、とか。勝ったらフッと一瞬軽くなって、練習していくなかで、また考える。考えすぎちゃうのはよくないと思うんだけどね」
今野は、いつから思考する自分と向き合うようになったのだろうか。
「やっぱジュビロに入った時からかな…」
今野は、岩手県で生を受けた。兄の影響でサッカーを始めたのは小学校1年の時。高校まで大船渡の自然に満ちた環境でサッカーに取り組んでいた。
「小学校のチームは全国大会に出たりして、強かった。夜は父兄が照らすライトを頼りに練習してましたね。中学入った頃は、上級生がグラウンド使ってる時に、田んぼでサッカーやってた。固い時期は、まだぬかるんでないからね。高校までは上下関係もなく、のびのびやってました」
大船渡高校時代には、県選抜や東北選抜に選ばれ、国士舘大学に進学。岩手を離れて初めての寮生活、厳しいサッカー部で「覚悟してた」大学時代には、3年次の大学選手権で優勝とMVPに輝き、1997年、ジュビロ磐田でプロ生活をスタートさせた。
今野が加入した年に、ジュビロ磐田はセカンドステージでJリーグ初優勝をしている。波に乗り始めた時期だった。
「学生までは、あんまり深く考えることもなかったし、いいプレーをしたら『よし』って思えた。でも、プロに入って考え方が変わった。周りはうまいし、このままじゃやれないなって大きな壁にぶちあたった。もちろん多少はやれるけど、判断が遅いとか体の向きとかちょっとしたことが違うなと思って自信を失った。やっぱり自信って試合に出なきゃつかないから。試合に出るようになると欲も自信も出てくる。『もっと出たい!』って」
2年目、チャンスは右サイドバックという形で訪れた。ゼロックススーパーサッカー、そしてリーグ戦でも開幕から4試合に出場した。
「あの頃は、ディフェンスばっかり練習してた。クロスとか1対1とかヘディングクリアとか。できなかったし、4試合だけだったけど。でも、試合に出られるのは嬉しかった。サイドだったら攻撃できるし、上がると、いいパスが来るからね」
ジュビロ磐田の3年間で培ったものは、大きい。練習からミスをできない緊張感、チームワークのよさ、周囲の選手から感じるもの、自分にないものを吸収する時期でもあった。
「試合でも練習でも、誰かがミスしたら『しっかりしろ!』という声が出る感じで、建設的な意見が常に飛び交う。ドゥンガとかエジウソンにパス出すのに、ビビッてたこともある。よく怒られたし。磐田は、遊ぶにしてもみんなでボウリングに行くとかしかないから、環境もよかったと思う」
2000年に、今野はフロンターレに移籍した。J1開幕3連敗とつまづいたチームを救ったのは、第4節対ヴィッセル神戸戦で移籍後初出場となった今野だった。記念すべきプロ入り初ゴールが決勝ゴールとなった。これ以後、スタメン出場を続けていたが、「どうしても出たかった試合」で警告累積により出場停止となってしまう。
5月3日、等々力競技場にはジュビロ磐田を迎えていた。スタンドで観戦していた今野は、試合後、悔しさを珍しく隠そうとしなかった。
「すごいやってみたかったから悔しかった。セカンドステージで30分ぐらい出たけど、やっぱり先発で出たかった」
今野は、常にレギュラーとして出場していたわけではない。スタメンだったりサブに回ったり、メンバーから外れることもあった。ただ黙々と自分のよさをプレーでみせて、その結果、信頼を勝ち得ていく選手だという印象が強い。
「昨年までは自分のことでいっぱいいっぱい。試合に出てない時は、出るために頑張って、出ることが決まったら結果を出さなきゃ外されてしまう。どうやったら自分が活きるかということで頭がいっぱいだった」
今季は違う。試合に出続けることで充実感だけではない新たな葛藤とも向き合うことになった。
「自分のプレースタイルは今の戦術にマッチしていると思うし、連動してプレスをかけることは前から売りだったから迷いはないし楽しい。でも、チーム全体として、どうやっていい方向に持っていくか、ということまで考えたことがなかったから、そういう難しさはある。やっぱり勝ちたいから。ただ、出てない人の心境とかもすっごいわかるんだよね…。チームのことを考えるというか、勝つためにどうしたらよかったのかなぁというのは、すごい考える」
サッカーの話をよくするという美華夫人は、高校時代の1年先輩であり、今野にとって家族は最大の理解者だ。
「自分ではあんまりよくなかったなぁと思った時に、『どうだった?』ってカミさんに聞いて、『あんまりよくなかったね』って言われると、やっぱそう見えるんだなぁとか。よく話しますね。逆にサッカーをよく知っている、例えば一緒にプレーしてた友だちなんかと話すと、『お前らには言われたくねぇよ』って素直に聞けない(笑)」
毎試合のビデオを自宅で必ず観るのが今野の習慣である。勝敗に一喜一憂することなく、常に自分と向き合う姿が、そこにはある。
「俺、精神的に弱いから、負けたあととかすごいへこむ。とりあえず、ビデオで自分のプレーを観て『あっ、取られた』とか、『このプレーはダメだった』とか反省して。すっごいいい試合で勝ったとしても、『ああ、ここはよくなかったかなぁ』とか思うし。いつも反省だね」
オフ明けのミーティングは、試合のビデオを監督が編集して選手たちに観せることが定番だ。そこが、今野の切り替えの場所にもなっている。
「負けて休み明けの日は、気が重い。基本的には自分で考えて、まあ結論は出ないんだけど。で、ビデオを観て、ちょっとふっきれて、気持ちを上げて練習に入っていく。最近、ほんとサッカーって精神的なスポーツだなって思う。チームが劣勢の時も常に平常心で戦うのは、難しい。でも、そうなりたい。もっと堂々とプレーしたい。それには技術の向上と精神力のアップが必要だね」
今野について、以前、向島建はこう語っていた。
「キンちゃんのプレーとか動きを観てると、ほんとにサッカーがわかってるなぁと思う。よく、育成部のコーチで話すんだけど、キンちゃんのプレーは子どものお手本だし、すごい勉強になる。的確な判断をしてて、それが間違ってないから。やっぱり、小さくても技術がある選手を育てていくのが理想なんですよ」
プレスをかけ続ける運動量、シュートの決定力、潤滑油の役割、ボールがないところの動き、玄人好みだと言われるプレーが随所にみられる。向島が言うように周囲からの評価も高い。
「そういう風に言ってもらったり、自分のプレーを観てもらえるのは、素直に嬉しい。評価されている部分があって、やっていけるっていうのはあるし、自分の売りとか人と違うところを意識して出さないといけないと思ってる。プレーは、もうシンプルに。もらったらシンプルに出す」
「今年は、この戦術だから出られている」と今野は、繰り返す。どこまでも自分に対して奢るところがない。周囲の評価に自分を見失うこととは無縁の選手だ。
「奢るっていうのは技術があってこそできること。だから、これは謙遜とかじゃない。ただ単に、言えるだけのものがないだけ。本当に技術的に高いものがあれば『なんで俺を使わないんだ』って言えるでしょう。そう言える人って、ある意味うらやましい。それだけ自分の技術や能力に自信があるわけだから。自分のプレーを出して、どの監督にも使われるっていうのは相当いい選手だからね。そこまでの技術と自信が俺にはない。だから、いつも必死でやっている。必死だよ」
今年に賭けている気持ちが大きいからこそ、自分との闘いをも乗り超えていかなければならないのだ。
「勝つことで心の葛藤も少しずつ減っていくんだけどね。でも、もう開き直って勝つしかない。負けたらどうしようじゃなく、負けたら終わりに近づいていくってことだから。勝つだけ。やっぱこれだけ使ってもらって、監督ね、昇格させてあげたいし、自分も経験したことないから」
ジュビロ磐田の選手だった時、リーグ優勝、チャンピオンシップ優勝、ナビスコカップ優勝と栄光の瞬間に何度も立ち会った。
「でも、いつも試合に違うバスで行って、優勝の瞬間にジャージ着たまま走って行く、みたいな。それはそれで『おおっ!』ってなるし嬉しかったけど、やっぱ自分がプレーしてないから。その本当の喜びっていうのはないから。だから、今年、昇格できたら本当の喜びがあるでしょう」
嬉しいことや悔しいことは、たくさん経験してきた。だが、今年戦った結果が出た時に、まだ今野が味わったことのない究極の感情がきっと彼を襲うことだろう。その振り子が喜びか悔しさか、どちらに振り切れるのかは、誰にもわからない。
「そうだね。今年は、どっちかがあるんだろうね。どっちかが…。でも、苦しい思いをして、いい結果が出たら、喜びを味わえたら最高だね。今年1年やってきて本当に…って思うよね」
国士舘大学から1997年、ジュビロ磐田に加入。
2000年に川崎フロンターレへ移籍。
1974年9月12日生まれ、岩手県出身。165cm、56kg。
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