「自分に負けないために」
今野章スペシャルインタビュー
2003シーズンに賭けた思い
2003年は、今野なくしては語れないほどプレッシングサッカーを具現化した選手だった。それだけに今野にとっては最も思い出深く、最も心を揺さぶられたシーズンになった。石崎監督率いるフロンターレは、最終節の広島戦で勝利したが、わずか「勝ち点1」が足りずJ1昇格を逃した。
──フロンターレでの7年間で印象深いシーズンは?
「移籍した2000年は、とにかく勝負の年だった。あの年はチームもまとまれなくて結局J2降格してしまったけれど、自分自身も入れ替え戦の立場にいるような気持ちだったから、とにかく生き残るために必死だった。途中、手を骨折したときも手術すればすぐ治ったのだけど、試合にも出ていたしそこで休んだら後がなくなると思って手術しないでずっとプレーしていたぐらい。あと、やっぱり思い出深いのは2003年シーズンかな。プレッシングサッカーは初めてだったけど、プレスをかけて自分たちから仕掛けてボールを奪って攻めるサッカーは自分に合っていたと思う。自分で動いてボールをとりにいくことで攻撃のリズムもできたし、なおかつ前にはジュニーニョのように速くて点を取ってくれる選手がいた。全員でやるサッカーだったから、いい内容で勝てるときはうれしかったけど、取りこぼしも多かった。今後、指導者をめざしたとき、いいサッカーをやるのか、勝つためのサッカーをやるのか、どちらがいいのかということを考えさせられた。2004年以降はサッカーのやり方は変わったけれど、2003年までのベースが活きていたと俺は思う」