日はまた昇る

鬼木達スペシャルインタビュー

生い立ち

 1974年、千葉県船橋市に生まれた鬼木は、小学校3年でサッカーを始めた。「小学校時代が一番うまかったかなぁ」と鬼木は振り返る。「男たるものを教えてくれた」布監督のもと過ごした市船サッカー部は、鬼木にとってサッカーの「原点」だという。
 鹿島アントラーズに加入したのはJリーグ元年のことだ。加入にまつわるエピソードは、いかにも鬼木らしいものだった。 「高校3年の夏ぐらいに進路を決めるんだけど、まだプロになるにはどうしたらいいのかもよくわからなかったし、サッカーで大学に行けるのかと思っていたら、布先生から面談のときに『おまえ、勉強してねぇのに大学行けると思ってるのか』って言われて。鹿島のほかにも話はあったんだけど、そんなに強くなるとは思わず出られる可能性があるのは鹿島のほうじゃないかと思ってみたら…」
 1993年Jリーグ・ファーストステージで鹿島はいきなり優勝した。鹿島には、若かった鬼木を成長させる要素がたくさん転がっていた。
「まわりをみれば代表選手ばかり。紅白戦の対面は相馬くんだったりする。ジーコの選手時代も一緒に経験できた。とにかく、ジーコはうまかったし、サテライトの試合も気にかけてくれるような人間味があった。プロに入ってすぐに鹿島で過ごせたのは俺にとって財産だし、サッカーへの取り組み方がみんなが真剣だったからすごく影響を受けた」