2012/vol.09
ピックアッププレイヤー:DF4/井川祐輔選手
昨年11位に終わったチームのリスタートは、シーズン序盤の監督交代劇という痛みを伴うこととなった。
チームは今、新指揮官のもとで新しいスタイルを生み出そうと踏み出している。
そして昨年の主将をつとめた井川祐輔もまた、失ったものを取り返そうとしている。
EURO2012は、スペイン代表による史上初となる連覇で幕を閉じた。
これで"ラ・ロハ(スペイン代表の愛称)"は、EURO2008、2010年W杯南アフリカ大会と続く主要国際大会3連覇を達成。現代サッカー界には長く語り継がれるであろう偉大な王者が誕生している。
大会期間中、井川祐輔は、そんなスペイン代表の試合を少し親近感を抱きながら見ていたという。
「こういうサッカーって、やっていても楽しいんでしょうね。だって見ているほうも楽しいんだから。そしていま自分たちが風間さんのもとでやろうとしているのも、きっとこういうことなんだろうな・・・そんなことを思いながら見てました。決勝戦の次の日、風間さんが『EUROは見たか?あそこに全てが詰められているぞ』と言っていたんです。少しでもあそこに近づいていきたいですよね」
華麗なパスワークによる圧倒的なボールポゼッション、ストライカー不在の"ゼロトップ"と言われる流動的な前線・・・無敵艦隊と呼ばれるスペイン代表の強さを挙げ出すときりがない。だが今大会では、6試合を1失点で終えた守備陣も注目を集めた。世界屈指のゴールキーパー・カシージャスとピケとセルオヒオ・ラモスというセンターバックは鉄壁を誇り、このコンビは対人プレーと空中戦での力強さだけではなく、高いビルドアップ能力で最終ラインからもゲームを組み立てている。試合観戦中、井川が視線を向けていたのも、そこだったという。
「ピケ、セルヒオ・ラモス・・・見習いたいですよね。センターバックから入れるボールによって、試合の局面って変わるんですよ。やはりセンターバックがさばける能力は大事。特にセルヒオ・ラモスは、左のセンターバックで自分とポジションが一緒だったので、どういうプレーをするのか見ていましたよ。今やっているサッカーも僕らのパス回しで変わると思うし、そこは意識しています。それに相手がプレッシャーにきたとき、それをいなすようにして交わしたら、ものすごく気持ちがいい」
そんな言葉につられて、思わず聞いてしまった。
──今、井川祐輔はサッカーが楽しいでしょ?
「楽しいですね。満たされてますよ。自分の中に向上心がすごくあるし、もっとサッカーを上手くなりたい欲求がある。それに風間さんのもとでやっていると、もっとうまくなれるんじゃないかと思わせてもらえる。このサッカーを目指していけば、今までとは違ったフロンターレになれるんじゃないか・・・そんな気もしている」
2012年4月24日────風間体制での練習初日である。
練習前、クラブハウスで新監督の顔合わせとなるチームミーティングが開かれることはなかった。指定された練習開始時間に麻生グラウンドに降りていく。武田社長、庄子GMからの簡単な説明が終わると、風間監督の挨拶もそこそこに、早速ボールを使ったトレーニングが始まったのだ。ウォーミングアップもなしに、である。
「ビックリしましたよ。いきなりボール回しが始まったから。それに、今まではいろいろとミーティングもやって、ウォーミングアップも長めにしてから練習を始めていましたから。新鮮でしたね」
とまどう選手たちの表情をよそに、鳥かごのようなボール回しを始めたほんの数秒で「はい、ストップ!」という風間監督の声が響く。そしてプレーをストップさせて、トラップの位置、パスの出し方、出した後の動き出しなどを手取り足取り細かくを伝え始めたのだ。次第に選手たちのボールもテンポよく回り始める。その後もミニゲームなどのメニューを消化し、約100分間に渡って汗を流し、初日の刺激的な練習は終了した。
ミーティングなし、ウォーミングアップなし。そして対戦相手のスカウティングも行わない。そんな異例尽くしのまま、わずか4日間の準備期間で初陣を迎えた。相手はサンフレッチェ広島(第8節)。センターバックのポジションに起用されたのは、森下俊と稲本潤一だった。今季開幕時からレギュラーを担っていた森下は当然としても、フロンターレのみならず、日本を代表するボランチとして名を馳せた稲本潤一がセンターバックにコンバートされたことは、風間監督によるサプライズでもあった。
このとき、井川自身はこの起用から指揮官がセンターバックに求める能力を冷静に分析していたという。
「イナさんをそこで起用するということは、センターバックにビルドアップ能力を求めているんだなっていうことですよね。だから、自分もそこの部分を伸ばせばチャンスが巡ってくるのかなと。ちょっとじっくりやっていこうと考えてました」
幸いにも、出場のチャンスはすぐにやってくる。
風間体制の2試合目となるジュビロ磐田戦(第9節)で、先発出場の機会が巡ってきたのである。実はこれが井川にとってシーズン初出場でもあった。試合前はいろんな感情が入り混じっていたという。
「チャンスをもらったので、これを逃したくないという気持ちはありました。ただ、楽しもうという気持ちも強かったですね。ロッカールームでやる試合前のミーティングでもよく『楽しめ』ということを監督は言うんです。せっかくもらったチャンスでしたし、久々に自分は等々力で公式戦をやれるのだから、楽しもうかなと思っていました。そう言いつつも、勝利という結果も欲しいですからね。自分のアピールもしたいし・・・ドキドキしましたよ」
試合自体は見事に勝利した。スコアは4-3。後半3-0として楽勝ムードが漂った後に、磐田の猛追を受けながらも4-3で逃げ切るという、なんともスリリングな初勝利だった。風間監督が指揮をしていた筑波大は、対戦相手に関係なく6-5や4-3と大味なスコアで打ち合うことが多いため、大学サッカー関係者の間ではよく「八宏スコア」と呼ばれていたそうだが、そういう意味では、ふさわしい勝ち方だったのかもしれない。
興味深いのは、試合後のことだ。
勝ったとはいえ3失点となれば、守備陣にとって反省材料も多い。井川個人としても、西部のセーブに救われたとはいえ、軽率なPKを与えた場面もあった。だが風間監督は、そういった局面の問題に言及するようなことはなかった。この磐田戦ではサイドを崩された形で失点を重ねたが、だからといってその場面だけを切り取った対処療法的なトレーニングを施すようなことをしなかった。いくらサイドを崩されても、最後は真ん中にボールが来る。そこで慌てずに跳ね返せば何も問題ないからであり、それは技術よりも意識を変えることで改善できるという考えなのだろう。要は、慌てずに落ち着いてやればいい。風間監督からは「エリア内では王様でやれ」と言われただけだという。
それよりも、なぜ自分たちが保持していたボールを失って相手のボールになったのか。「相手にやられているわけではなく、自分たちがボールを失って場所を空けているだけだぞ」。失点した原因をマイボールをロストした場面に求め、ボールを持ったときのミスを無くすことに集中させる。指揮官はそのスタンスを貫いた。
続くアウェイの名古屋戦も3-2で勝利。柏戦は0-2で敗れたが、大宮戦では2-0で勝ち、風間体制での初完封に貢献している。特に大宮戦は井川自身もプレーの手ごたえを掴んだ試合だったと振り返る。
「大宮戦からよりボールを大事する意識が強くなりましたね。ゴールキックも蹴らないでオレとサネ(實藤)がサイド開いて受けるようになった。ボールの回し方も工夫しましたし、無失点で勝てた。自分にとってもいいきっかけになった試合だと思ってます」
興味深いのは、そのコメントが無失点の守備よりも、ビルドアップのほうに置かれていることかもしれない。指揮官の掲げる「ボールを失わないサッカー」が浸透してきたことが垣間見れる。なおこの試合後には、昨年までクラブに在籍していた菊地光将とユニフォーム交換をしていた姿も印象的だ。
「キクは、自分が試合に出ていない時期、心配して電話をくれていたんですよ。ああ見えて、アイツはやさしい。去年は2人でセンターバックを組んでましたからね。せっかくだからと、ユニフォームを交換しました。それを見て、タサがヤキモチを焼いてましたけど」
盟友との再会。そして掴み始めた未来への手ごたえ。井川祐輔の2012シーズンが、ようやく始まってきた瞬間だったのかもしれない。
実は今シーズン、井川祐輔のスパイクにはこんな文字が刺繍されている。
「 Revenge 」
リベンジ──復讐と言う意味である。少々物騒な言葉だが、「再挑戦」、「リトライ」といった意味合いもある。多くを語らずとも、今年にかける彼の思いがそこに集約されているのは読み取れるはずだ。
昨年、井川はその心をかきむしりたくなるような一年を過ごした。
2011シーズンのJリーグ開幕を一週間前に控えた日のことだ。
監督室に伊藤宏樹、中村憲剛、稲本潤一、小宮山尊信、そして井川祐輔が集められたのだ。そこで当時の相馬直樹監督は5人の前でこう告げる。
「今年は、井川にキャプテンをやってもらう」
予想だにしていない一言だったのだろう。このとき、井川の表情が少し引きつっていたことは、本人や周りも笑い話として後に明かしているほどだ。ただ実際のところはどうだったのだろうか。あのときの真意を明かす。
「正直なところ・・・・『えっ、オレですか?』と思いましたよ。だって、来週にも開幕するタイミングでしたからね。なんだかギリギリまで悩んだ末に、仕方ないから自分を選んだみたいじゃないですか(笑)」
彼はそう言っておどけたが、人が人に何かを託すときにはそれ相応の重みがあるものである。そしてこのとき若き指揮官は井川祐輔にキャプテンマークを託した。きっと、そこにはしかるべき意味があったのだろう。「自分にとっても、いい機会になるのでやってみよう」。井川自身も初めてとなるキャプテンという重責を引き受けることにした。
「プレッシャーはありましたよ。その前の年が年間5位ですよね。自分がキャプテンをやって順位が落ちたら、かっこ悪いじゃないですか。監督の相馬さんも気合いが入っていたし、当然まわりからのタイトルへの期待もあった。もちろん自分はディフェンダーですし、ケンゴみたいに試合中の光るプレーで引っ張っていくタイプじゃない。練習からみんなを盛り上げたり、そういう役割を率先していこうと思ってました」
彼がチームのムードメーカーであったことは誰もが認めるところだ。それまでゲームキャプテンをつとめていた中村憲剛も歓迎した一人だ。
「俺は井川はキャプテンに向いていると思ったし、アイツら世代がクラブを引っ張っていくべきだと思っていた。去年はアイツなりにすごく努力して、なんとかチームを変えようとしていたと思う。ちょっと気負っている部分もあったけどね」
相馬監督の目指すサッカーの意図を把握し、最終ラインからの的確なコーチングでチームを引き締めた。そして若手に負けず、積極的に声を出して練習に活気を与えた。チームは順調ともいえる船出を突き進み、5月からは8試合負けなしの快進撃で優勝争いの一角に躍り出ている。井川自身も、大宮戦(第15節)は勝てなかったNACK5スタジアムで5-0の大勝。井川も得点をあげ、なぜか弓矢のパフォーマンスを披露するなど彼らしい振る舞いでムードを盛り上げた。試合後のコメントにも切れ味を見せている。
「(得点後の弓矢パフォーマンスは)広島のをパクリました。まわりと打ち合わせをしていなかったので、みんな『何してんの?』っていう感じでちょっと引いてましたけど(笑)。次の対戦相手の広島を打ったるぞっていう気持ちの現れです。自分のゴールはおまけみたいなもの。完封できたことのほうがうれしいですね。守備に関してはなかなか完封できなくて、前の甲府戦終わってからも監督から言われていました。そこはピッチで取り返すしかないと思っていました。やってやろう。ゼロでおさえよう。そういう気持ちを出せたと思います」
だが好事魔多し。嫌な匂いというのは、その一歩手前で漂い始めているものだ。試合を積み重ねていくにつれて、どこか違和感も抱えていたという。
「実はうまくいっている時期も苦しかったんです。ディフェンスラインの上げ下げもすごく細かく求められていて、勝っていたけれど苦しかった。それに、このままで夏場をどう乗り越えるんだろう、っていう疑問もありました。町田(ゼルビア)を指揮していた前の年も、夏場にチームが失速したという話を聞いていたので」
指揮官が掲げる最終ラインを高く保ち、前線から丹念にプレッシングをかけていくスタイルはスタミナの消耗が激しく、特に運動量の落ちる夏場において遂行し続けるのは難しくなる。得点は奪えているものの、失点は一向に減らすことができない葛藤を抱え続けていた。さらにこのごろになると、対戦相手からの研究も進んでいる。試合後半、疲労からプレッシングをかけにいけない状態でも最終ラインを高く保っていた結果、狙い済ましたロングボールを自陣の広大なスペースに放り込まれ、その綻びを突かれてあっけなく失点を重ねた。8戦負けなしだったチームは、ドロ沼の連敗劇にあえぎ始めた。
すでに誰か一人の奮起で巻き返していける状態ではなかったのだろうが、井川はキャプテンとしてピッチ上の結果に対する責任を一身に背負った。選手同士でミーティングを行い、その意見を元に指揮官や強化部とも対話を重ねている。心苦しかったのは、チームを引っ張っていく立場を自覚していながらも、自らのコンディション不良で本調子には程遠いパフォーマンスしか出せなかったことだった。
「実はシーズン最初に痩せるようと言われたんです。それでダイエットを始めたのだけど、食に関する知識がなかったため、食べないで痩せようとしてしまった。そうしたら、一緒にスタミナまで落ちてしまって・・・試合中はすぐに息が上がって、全然走れなくなってしまった。夏場になると体重もガクンと減ってしまって・・・本当に酷かった。連敗しているときこそキャプテンの自分が奮起したかったのに・・・悔しかったし、自分自身が情けなかった」
ついにはクラブワーストとなる8連敗を記録した。その連敗が止まったのは、酷暑の夏が終わろうとしていた時期だった。1-0で勝った山形戦をきっかけに、チームの戦い方も戦況に応じて守備ブロックを作って低めのラインで守ることに切り替え始めている。これにより大量失点はなくなり、成績も少しずつ回復した。
このごろになると井川自身のコンディションも回復していた。ところがシーズン終盤に差し掛かることになると、スタメンの座を外されてしまう。キャプテンであり、不動のレギュラーとして出場し続けてきた彼の定位置は、出場停止が明けた広島戦(第32節)以降、一転してベンチとなった。言いようのない悔しさが胸にこみ上げてきたが、それでも練習や試合に向かうときの挨拶は、キャプテンとしてみんなの先頭に立って行わなければならない。自分の心にムチを打ち続けながら、彼はチームを支え続けた。
そんな状況でも平静を保ち続けられたのは、夫人の存在が大きかったと明かしてくれている。この時期、モデルの安藤沙耶香さんとの交際を実らせ、その年の9月20日に婚姻届を提出。家庭内での充実したサポートがあったため、心身のコンディションは安定していたという。
「入籍する前から一緒に住んでいたので、料理を作ってくれたり、食事面では本当に助かりましたね。あと奥さんはサッカーのことをよくわからないので、家ではサッカーのことを忘れさせてくれました。普段の生活も変わりました。チームメートとご飯を食べたり、そういう付き合いは悪くなったかもしれませんけど、サッカー選手としてはいいライフスタイルを送れています。それもあって自分としては気持ちも切り替えて過ごすことができました。シーズン終盤は、来年どう立て直すかばかり考えていましたよ」。
苦しい時期を公私に渡って支えてくれた妻にはただただ感謝の言葉を並べている。チームはシーズン前半にあげた勝ち点の貯金もあり、J1在留争いに巻き込まれる事態は避けることが出来た。最終順位は11位。最後はベンチメンバーとして過ごし、井川祐輔の2011年は幕を閉じている。来年に履くスパイクに「Revenge」の文字を刻む決意をして、次のシーズンを見据えた。
迎えた2012シーズン。
そのチーム始動日に、相馬監督は4人の選手を集めている。伊藤宏樹にチームキャプテン、中村憲剛にゲームキャプテン、そして小宮山尊信と稲本潤一の副キャプテン就任をそれぞれに命じた。前キャプテンだった井川祐輔は、チームが始動する直前に「キャプテンを外れてもらう」との通達を指揮官から受けている。巻き返しを誓っていた井川は「一度チャンスがほしい」と自らの思いをぶつけたが、受け入れられることはなかった。
ピッチ内に目をやると、前年度リーグワースト4位の失点数を軽減すべく、クラブはジェシと森下俊のセンターバックを補強し、開幕からは彼らがスタメンとして名を連ねた。井川の立場はというと、シーズン序盤はベンチ外になるなど、逆風はさらに強まっていた。その意味で、シーズン途中の風間八宏監督の就任は、井川にとって大きなターニングポイントとなったといえる。
風間監督が就任して3ヶ月が過ぎようとしている。
指揮官のトレーニングメニューには常に驚きと工夫が詰まっており、どの選手にとって刺激的とも言える日々だったはずだ。井川祐輔がそのスタイルに適応して監督からの信頼を勝ち取っていることは、現在の連続出場試合数が物語っているだろう。スタメンが多く入れ替わる中、彼はあの磐田戦から清水戦(7月7日現在)までリーグ戦9試合連続でフル出場を果たしている。得点と失点の出入りが激しい試合も少なくなり、リーグ戦再開後は4試合でわずか1失点と、失点は減少傾向にある。なにより「最後にゴールを割られなければいい」という割り切りがゴール前での対応に感じられる。ゴールマウスを守るベテラン西部洋一も井川の対応力には信頼を寄せている。
「とてもよくやっていると思いますね。シュートブロックの場面でもうまく身体を当てているし、相手のワンチャンスを摘み取っている。それにクロスの対応がよくなっている。特にいまは毎試合のように左サイドバックの選手が変わるので大変だと思いますが、本当によくやっている」
その西部からボールを受けて始まるビルドアップでは、ときに強気なドリブルでボールを運び、ときに足元から繰り出す縦パスでチャンスの一端も担っている。その強引なパスは、中盤の選手からは「鬼パス」と言われることもあるそうだが、後ろからゲームを動かそうとする井川の存在は、いまや風間フロンターレの最終ラインに欠かすことの出来ないものとなっている。
中村憲剛にも聞いてみた。昨年からの井川祐輔の変化をどう見ているのだろうか。
「今年はキャプテンを外されてベンチからも外されることがあって辛かったと思う。でも、今はそういう春先の悔しさも挽回しようとしている。やりたいサッカーにもあっていると思うし、それに取り組んでいる。充実してやっていると思うよ」
辛口で知られる中村が同僚を褒めるのは少し珍しいことでもある。ただちゃんと釘を刺すのも忘れていなかった。
「でもまだまだ物足りないね。あれで満足してもらっちゃ困る。もっと自分に壁を設定して、そこに向かってトライして欲しい」
最後に聞いてみた。
現在、井川祐輔はサッカー選手としてどんな思いでプレーをしているのか。例えば、チームのため、家族のため、そして自分のため。どこに対する思いが一番強いのだろうか。
返ってくるのは、「家族のため」というセリフだと思っていた。昨年入籍し、今年の9月には第一子が生まれる予定で、そのことは間違いなく井川にとって大きな力になっていくはずだからだ。ただ彼の答えは意外にも「自分のため」というものだった。
「・・・自分のためですね。嫁さんからももっと輝いてほしいと言われていますから。もちろん、家族のためというもありますよ。家族を養わないといけないし、生まれてくる自分の子供に自分がプレーしている姿を見せたいし、それを記憶に残したい」
そこに「でも、それよりも・・・」と彼は言葉を続ける。
「今は風間さんのサッカーでのセンターバックを極めたいし、このチームで不動のセンターバックになりたい。そういう気持ちが強いです。ジェシもケガから戻ってくるけど、そこは気にしていない。いまは自分が一番だと思ってやっているから。去年は周りのことをすごく考えてやっていたけど、それがうまく自分に返ってこなかった。今年は自分を高めることを考えているし、若手みたいに貪欲になっている。オレ・・・メンタルが変わりましたよね」
サッカーが、もっと上手くなりたい。
そして選手として、さらなる高みに。
去年、チームのために尽くし続けた男は、いま、自分を高めていくことに集中してサッカーと向き合っている。
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[いがわ・ゆうすけ]
鋭い読みを生かしたインターセプトと積極果敢なスライディングが武器のDF。昨シーズンはキャプテンを務め、ピッチ内外からチームをまとめた。メンバーの入れ替わりがあり熾烈な争いが繰り広げられそうなレギュラー争いから一歩リードすることができるか。1982年10月30日/千葉県成田市生まれ。182cm/81kg。>詳細プロフィール