FW18/"PATRIC" Anderson Patric Aguiar Oliveira
テキスト/麻生広郷 写真:大堀 優(オフィシャル)
text by Aso, Hirosato photo by Ohori,Suguru (Official)
今シーズンからフロンターレに加入。チームの新たな得点源として大きな期待を寄せられているブラジル人ストライカー、パトリック。開幕前の練習試合でコンスタントにゴールを挙げている。だが、彼が本領を発揮するのはこれから。荒削りな一面はあれども、チャンスの瞬間に見せるゴールハンターの閃きは大きな可能性を秘めている。
「練習を見ているとシュートがうまい感じではないんだけど、試合になると点を取るんだよね。きっと点を取ることに自信を持っていて、ポジション取りがよくてシュートも落ち着いているからかな。でも、点を取ることだけに偏った選手というわけじゃなくて、チームのスタイルにとけ込もうと努力をしている。『まだまだこれから。自分はもっとできる』と本人も話しているし、頼もしい存在ですよ」(風間監督)
190センチ近くの大きな体と長い手足。見るからに身体能力の高そうな体つきから、どんなプレーを得意とするかは想像がつく。空中戦や走り合いで強さを発揮し、1人で勝負をしかけてフィニッシュに持ち込むだけのパワーを持っている。だが単なる力任せのプレーヤーというわけではなく、チームのリズムを崩さずシンプルに周りを使うこともできる。風間監督をして「彼は予測不能だね」と言わしめるパトリックのプレーは、かなり懐が深そうだ。
「憧れの選手はカカやロナウジーニョだけど、プレーとしてはアドリアーノが好きなんだ。アドリアーノの特徴はパワーとスピードで、自分も同じようなプレースタイル。僕自身も昔から点を取るのが好きだった」
「他の国内や海外のクラブからもオファーがあったけど、フロンターレの関係者からクラブのプロジェクトを説明され、いろんなことにチャレンジしていきたいという考えを聞いた。その話を聞いて、自分もその輪のなかに入ってクラブの歴史を塗り替えたい、タイトルを獲るメンバーの一員になりたいと思ったんだ」
「今年のクラブからのオーダーは大型のセンターフォワード。得点を取れるストライカーでした」
こう話すのは向島建スカウト。一昨年はジュニーニョ(現鹿島)のようなトップも2列目もできるような選手を探し、目をつけたのがレナトだった。そしてこのオフシーズン、アルゼンチンやウルグアイも視察したなかでリストアップした1人がパトリックだった。
「ブラジルの移籍マーケットが高騰傾向で事前に出回るリストに載るようなFWは高額になっていたので、もう少し範囲を広げて先に他の国を回りました。でも諸々の条件があって最終的にブラジルに落ち着きました。パトリックは短期間でいろいろなチームに行っているので性格的にどうだろうとも思いましたが、ヴァスコ・ダ・ガマといった名門でのプレー経験がありましたし、実際に会ってみたら素朴な風貌で印象もよかった。代理人を通じて日本に行きたいと最初から興味を持ってくれていましたし、何より話を聞いているときの本人の目の色が違っていました」
また既婚者で妻や子どもをすごく大事にしている男だという話を代理人から聞き、日本でも家族のためにしっかり頑張ってくれるだろうというスカウトの勘が働いたそうだ。さらにパトリックと話を進めている段階で、交渉が大詰めを迎えていたジェシの契約延長が決まったことも決め手のひとつだったという。
「去年のレナトにしても面倒見のいいジェシがいたから最終的に活躍できたと思うので、先にジェシが決まったことはひとつの安心材料でした。日本に持ち帰ってきたリストのなかで、相手のDFに脅威を与えるということであれば、少しぐらい荒削りでも日本人とまったく違うタイプがいいんじゃないかということで、パトリック。ここ1、2年で急激に伸びている選手なので条件面でも問題ないですし、大化けするような可能性を感じさせてくれるスケールの大きな選手がいいだろうということで、彼に正式オファーを出すことになりました」
「ブラジル人は時間にルーズなことが多いんですが、パトリックは初日の朝から時間どおりに待ち合わせ場所に来て、そういった面では真面目な人間じゃないでしょうか。最初に会ったときの印象も物静かな奴だなって感じでしたし。でもこの前、ブラジル人をシュハスコに連れて行ったときにサンバショーがあって、『初めてここに来たブラジル人は踊らなきゃいけないんだぞ』って半分冗談で言ったら本当に踊ってました(笑)。ちょっと人見知りなところがあるので、まだ本性を隠しているのかもしれませんね」(中山通訳)
来日した当初は降雪や地震と人生で初めての経験だらけで驚いたそうだが、来日した翌朝からチームの練習に合流。西本トレーニングコーチの独特の指導法にも、見よう見まねで一生懸命に取り組んだ。またサッカーのことはもちろん、「日本で生活する上でアドバイスもしてもらっている心強い仲間」というジェシとレナトの手助けもあり、開幕前のキャンプで意欲的にトレーニングを積み、練習試合では4試合連続でゴールを挙げるなどまずまずの滑り出しを見せた。
「ブラジルでプレーしている映像を観たときはどっしり構えて動かないタイプという印象だったんですが、実際に会ったときに体がすごく引き締まっていたので、大柄な割りにはスピードもあるのかなと感じました。ヘディングの強さはもちろんですが、前を向いたときに強くてゴール前の入り方もうまい。それにあの体ですから、相手に警戒されることによってパトリックが点を取れなくても周りの選手が取りやすくなるんじゃないかなと思っているんです」(向島スカウト)
現在はまだ日本のサッカーのテンポの早さに慣れている段階にあり、チームメイトの特徴もまだ完璧には把握していないだろう。だが自分の形にはまれば、きっちりとシュートに持ち込むことができるゴールセンスがある。普段のトレーニングや練習試合を観ている限りでは、たくさんボールを触ってリズムを作るというよりは、ワンプレーで大仕事をやってのける、生粋の点取り屋という印象だ。
「開幕前のこの時期にしては、それなりにきているんじゃないかな。実戦をこなすごとによくなっているのを感じている。周りとのコンビネーションが合わなかったとしたら、自分の力を使ってこじ開ける。どんな形でもいいから最後まで諦めずにゴールを目指す。それが僕のプレースタイルなんだ」
初めて日本でプレーするブラジル人選手の多くがそうであるように、チームのスタイルに馴染むまで少し時間がかかるかもしれない。だが「必ずそこにいる」と風間監督が語るように、いい形でラストパスが入ればゴール前にポジションをとり、落ち着いてフィニッシュに持ち込むイメージを持っているのは間違いない。風間監督率いるフロンターレは正確にパスをつないで崩しきるスタイルを目指しているだけに、パトリックがいい体勢でボールを受けられるかどうかがチームの好不調を探るひとつのバロメーターになるかもしれない。
「パトリックはフロンターレにいないタイプのFWですし、相手からすれば嫌な選手だと思います。ドリブルでガンガンしかけるだけの選手ではなくて、落ち着いていれば周りも使えますし、公式戦で1点取れば余裕が出てゴールを取り出すんじゃないでしょうか。ただブラジルでは感覚に頼ったプレーがほとんどでおそらく日本のような細かい技術は教わっていないでしょうから、これから戸惑うこともあるかもしれません。風間さんも『いろいろ言い過ぎると混乱するだろうから、のびのびやらせた方がいいだろう』と話していました。セットプレーの強さは相手にとって脅威でしょうし、いいボールさえ入ってくれば決めてくれる選手だと思います」(向島スカウト)
「最初はおとなしかったですけど、ブラジル人たちの間ではけっこうしゃべりますよ。そう仕向けているところもありますけど、普段の生活でも自分から積極的に行動しようとしています。いつまでも手伝っていると本人が日本の生活に慣れないですから。サッカーの面では日本のリズムに多少戸惑っているところもあるかもしれませんが、壁は早い時期にぶつかっておいた方がいいでしょう。そこでどれだけ真面目にやれるかじゃないでしょうか」(中山通訳)
練習グラウンドでのパトリックは真面目でマイペースだが、思い描くようなプレーができずに焦りを感じたり、思い悩む時期があるかもしれない。だがパトリックの言う「クラブの歴史に名を刻む」ためには、避けて通れない道でもある。2次キャンプ終了後に愛する家族も来日し、日本での生活も少しずつ軌道に乗っている。目標に集中できるだけの環境は整った。あとは開幕に向けて万全の準備をし、全力を尽くしてピッチで結果を出すだけだ。
「開幕までに100%のコンディションに持っていきたいし、フロンターレの仲間たちとのコンビネーションも上げていきたい。僕の特徴のひとつはゴールへの嗅覚だと思っているし、チームから要求されているのもゴールだと思う。あとはチーム戦術というところでポジショニングをとることも大事になってくるけど、自分としてはボールを失ったときの相手のマークもやる方だと思っている。シーズン開幕に向けてしっかりチームに合わせていきたい」
今シーズンのフロンターレは新加入選手が加わり、さまざまなタイプの選手が揃っている。開幕を控えて調子が上がってきた選手も多く、チーム内のポジション争いは熾烈を極めている。風間監督が掲げるサッカーに対する共通理解が深まっているなかで、パトリックが他のFWと違いを出せるとすれば、『この選手は何をするかわからない』という予測不能のプレーなのかもしれない。
「こうして日本でプレーするチャンスを得て、少しでも長くプレーしたいと思っているし、このクラブに初タイトルをもたらしたい。ブラジル代表に入りたいという夢はあるけど、いま一番近い目標、いま成し遂げたいことは、フロンターレの仲間たちとひとつでも多くのタイトルを獲ることだ」
そして最後に、サポーターにどういうプレーを見せたいですかという質問を投げかけると、あまり表情を変えることのないパトリックは真剣な表情でこう答えてくれた。
「フロンターレのサポーターには驚いた。日本に来てすぐに新体制発表会見があって、あんなにたくさんの人たちに歓迎されるなんて思っていなかったから感激したよ。応援してくれるみんなのためにも、ピッチに立ったら自分が持っているエネルギーすべてを出しきる。自分のためだけじゃなくて、川崎フロンターレというクラブ、そしてサポーターのためにゴールを目指す。僕はいつも最後の最後まで戦う気持ちを持ってプレーしているつもりなんだ。だからサポーターのみんなには絶対に諦めない姿勢を見てもらいたい」
パトリックがゴールを挙げたときに見せる、天に向かって感謝の気持ちを伝える姿を、今シーズン何度見ることができるだろう。背番号18をつけた大柄なブラジル人ストライカーが、スタジアムの観客に衝撃を与える日を楽しみに待ちたい。
アトレチコ・ゴイアニエンセ(ブラジル)から加入したブラジル人FW。189cm/82kgと恵まれた体格だから繰り出されるシュート、そして空中戦の強さだけではなく、荒削りながら技術とスピードも兼ね備えており、新しいゴールゲッターとして大きな期待がかかる。
1987年10月26日/ブラジル、アマパ州生まれ
189cm/82kg
ニックネーム:パトリッキ