GK21/西部洋平選手
テキスト/羽田智之(報知新聞社) 写真:大堀 優(オフィシャル))
text by Haneda,Tomoyuki photo by Ohori,Suguru (Official)
新チームが始動した2015年1月15日の夜、西部洋平(34)は、中村憲剛(34)、大久保嘉人(32)、井川祐輔(32)、小宮山尊信(30)と一緒に川崎市内の焼き肉店にいた。30歳以上の選手による『オーバーサーティーの会(O-30会)』の第1回会合だった。 チーム全員が参加する決起集会は年に数回あるが、チームの屋台骨でもあるベテランだけの食事会はフロンターレでは初めてである。 今年こそタイトル。憲剛が昨年末に西部と相談して開催は決まった。
「憲剛発信ですね。LINE(携帯電話の無料通話アプリ)でやりとりして、やろうよって。今年優勝するためにもオレら上の世代がしっかりしないといけないし、何かを変えないといけない。年上の人間がブレないでやっていくためにも、一度話をした方がいいんじゃないかということだった」。
2014年シーズンは、サッカーに手応えと自信を持ち結果もついてきた時期はあったが、10月以降は2勝1分け5敗と失速し、優勝したガンバ大阪に勝ち点8及ばない6位で終えた。皆、苦しい時にチームを立て直せなかった責任を感じているからこそ集まった。同じ過ちを繰り返さないためにも、腹を割って話し合う場が必要だった。
この会合には仙台から移籍してきた角田誠(31)は参加していない。西部は「違うメンタリティーを持っているだろうし、話を聞きたかったけど、引っ越しとかでバタバタしているのかなと気を使って呼ばなかったんですよ。でも、後で聞いたら、何で呼んでくれなかったんですかって言われました。寮に一人でいたらしいんです。呼べば良かったですよ。次は来てもらいますけどね」と言う。後日、憲剛と食事会の様子は伝えた。
その食事会は3時間を超えた。34歳の最年長コンビが先導し、自然な流れでチームの雰囲気作りついて話は熱を帯びた。
憲剛が口火を切り、大前提を確認し合った。「チーム状態が悪くなっても、少なくとも、ここにいるメンバーはぶれないでやろうよ。試合に出ていても、出ていなくても、チームのためを考えてプレーしよう。プレーだけじゃなく、まとめることもそう。俺ら年上があっち行ったりこっち行ったりしたらチームはバラバラになる。もうダメとか、つまんないとか、そういうそぶりも見せないでおこう。若いやつらの前では、なおさらしっかりやろうよ」。
西部が続く。ゴールキーパーは最後尾に構え、全選手の動きを把握する。それは試合中だけでなく、練習中やロッカールームなど、チームの空気を感じている。少なくとも、西部はそうしようとしている。自省の思いも込め、決意を明かした。「ネガティブな雰囲気になった時は、練習をしていても、チーム全体が変にイライラしている。それをいかに普通にするか。オレ、キーパーだから一番後ろ。だからこそ、普段と変わらない振る舞いを意識して、大丈夫だよっていう空気を出そうと思っている。みんな普通にすれば出来るんだから、バタバタする必要ないよ。悪い時は必ずあるけど、去年の後半は悪い時が長かった。監督がやろうとしているサッカーに戻せなかった。踏ん張れなかった。今年は、そういう期間を出来るだけ短くしたい」。
井川は昨季リーグ戦の出場は16試合に終わった。出場機会に恵まれない立場も分かっている。「シーズンの終盤は、紅白戦やってもBチームがAチームを一泡吹かせてやろうという雰囲気があった。もちろん、それはチーム内の競争もあるから悪い事ではないけど、なんかフラストレーションのはけ口のような感じもあった。気持ちの分からないことはないけど、やっぱり、チームにとってプラスになるようなことをしないとあかんのちゃうかなと思う」。
チームのためにどう振る舞うべきか。大久保も、小宮山も、それぞれ素直な気持ちを打ち明けた。5人だけでなく、チームにとっても貴重な時間だった。憲剛は西部について「自分の事だけじゃなく、チーム全体を見られる人間ですよね。お互いどう感じるか、常々話をしています。自分の事ばかり言う訳じゃなく、まず話を聞いてくれるし、しっかりと意見のキャッチボールができる。昔はとがっていたけど(笑)、今はいるだけで安心感ありますよね。すごく信頼しています」と言う。食事会は憲剛が提案したが、西部がいなかったら開催されていないかもしれない。
西部のことを皆、こう形容する。強面(こわもて)だが、心優しい兄貴分。
若手をはじめ、試合に出られない選手が相談に来ることも少なくない。昨年までは相手の心境をおもんばかり過ぎていたという。
「同情じゃないけど、話を聞いてやることだけがいいとは限らないと思いました。そういう声を聞くのはチームがあまりうまくいってない時なんです。今、そんな事言っている場合じゃなく頑張る時だろうという風に持って行けなかった。そいつにとっても、チームにとってもポジティブな方向に持って行けなかった。今年は後ろ向きの空気を出来る限り作りたくない。あえて、何も言わず、ネガティブな空気を膨らませないということもアリかもしれない。皆にとって何がいいか色々考えています」。
山梨県の帝京第三高校から浦和レッズに入団し、これまで鹿島、清水、湘南、そしてフロンターレと、5チームでプレーしている。チームの雰囲気で最も衝撃を受けたのは、最も在籍期間が短かったチームだった。2003年6月から半年間、鹿島に期限付き移籍した。当時、リーグを4度(現在は7度)、ヤマザキナビスコカップを3度(現在は5度)、天皇杯を2度(現在は4度)制覇していた常勝軍団。チームの雰囲気はいつもピリピリしていたという。
「本田(泰人)さん、秋田(豊)さん、相馬(直樹)さんら大御所がいて、若手に(鈴木)隆行さん、(中田)浩二さん、(小笠原)満男さんがいてね。練習のバチバチ感はすごかったです。本気でフィジカルコンタクトしていた。フィジカルトレーニングでは、誰かが言うわけでもなく、皆が自分たちで負荷を上げているんです。例えば、10本ダッシュをすることになれば、鹿島の選手は11本、12本走る感じです。与えられたものだけじゃなくて、超えたいと。本当の厳しさとはこういうことを言うんだと思いました」。
西部は日々感じていた気持ちをO-30会でも言っている。
「フロンターレのチームカラーといえば、仲がいいと言われるけど、それは練習ではどういうことを意味するのか。おとなしいことがそうなのか。なかなか分からなかったところがあったんです。練習中に、憲剛とか嘉人とかが、きついトーンでがーっと言っても、周りがついてきてない。皆、反応はするけど、同じテンションではなく、『分かりました』という感じ。あーだよ、こーだよ、とならない。もちろん、2人が正論を言うから、反論できないところがあるけれど、選手同士もっとやりやってもいいかなと思う。そうすれば、もっといい雰囲気になる可能性もある。もっと緊張感を出したい。井川が言ったのかな、チームカラーを作っていってもいいんじゃないかと。確かに、と思いました。若いヤツが作っていくのもいいし、オレらが基盤を作るのもいいし」。
新たにチームを作り上げていく試みとして、3月16日の練習後に選手だけでミーティングが行われた。2日前のホーム開幕戦・神戸戦(2△2)のDVD映像を見ながら意見交換した。選手ミーティングはこれまでもやってきたが、DVDを使っては初めてだった。
「憲剛がやろうと言い出したんです。あの会(O-30会)がなかったら、この選手ミーティングもなかったと思う。結構、細かくやりました。映像を見ながら、この時どうしたかったのかとか、ここでボールを欲しかったんだよねとか、言い合いましたね。攻撃面が主でしたが、悪いところを見つけるというより、良くしようという話が多かった」。見直し、意識することで課題となる。要求し合うことで相互理解が生まれ、イメージの共有へとつながっていく。今年の積み上げていく作業は、妥協も少なく、多角的になった。
もちろん、個別にも要求している。西部は昨年から海外のサッカーをよく見るようになり、参考になることも多いという。「海外の守備で良かったなというのがあると、そのイメージを(谷口)彰悟に伝えたりします。自分が全て正解とは思わないけど、吸収してくれたら、すごくいいんじゃないかなと思えることは言いますよ。そういう風に守ってくれれば、自分のためにもなる」。フロンターレの移動バスでは、バルセロナなどヨーロッパの試合映像が流れる時もあり、プレーについて話し合いながら見ているそうだ。
選手ミーティングした神戸戦を振り返れば、前半29分の1失点目は渡辺にフリーでシュートを打たれている。後半26分の2失点目はコーナーキックから髙橋に頭で決められたが、ボールは死角になっていた。両方とも、キーパーにとってはノーチャンスに見えるが、「2失点とも止めるのは難しいと思います。でも、メインスタンドが新しくなって初めてのホーム開幕戦。その大事な試合で、あの展開で、超ビッグセーブがしたいんです」と向上心は豊かである。4月22日のヤマザキナビスコカップ・神戸戦(0△0)は再三のファインセーブで無失点に抑え、アウェーで貴重な勝ち点1獲得に大きく貢献した。
「昔からもっとやっておけば良かったとスゲー思うんですよね」。西部が茶目っ気たっぷりに言うのは居残り練習の量である。年齢を重ねるごとに増えている。それは責任感もさることながら、「まだまだ伸びしろがあると思っているんですよね。だって、サッカー歴短いですからね。高校からだし。下手くそだし、まだまだ良くなるという感覚がある」と成長を実感しているからでもある。
風間八宏監督のサッカーでは、キーパーにもボールを失わないポゼッション能力が必要で、パスの技術とイメージの質も問われる。菊池新吉GKコーチは「監督が目指すサッカーを理解し、スムーズに順応してきた。ボールをイメージ通りに止めたり、蹴ったりする練習をコツコツとやってきましたね」と認める。
西部は今、ミドルパスの質の向上に取り組んでいる。左サイドの車屋紳太郎、右サイドのエウシーニョらにピタリとつけるフィードを磨こうとしているのだ。
「どのチームもウチにはつながせたくないと思っている。つながれ出すと、動かされるから、スタートの時点で抑えようとしてくる。つなぎ始めさせないようなポジショニングや守備をして、オレに蹴らせようとする。そういうのが去年あたりから結構あるんです。だから、紳太郎やエウソンが動いている時にスパーンと早いパスを何本か見せられればいいかなと思っています。ロングでも、ミドルでも、ショートでも、もっとつなぎたいです。精度を上げたいですね」。
麻生グラウンドに行けば、西部が菊池コーチや十時剛・副務らに向かってボールを蹴っている姿をしばしば見ることが出来る。プレーの幅を広げようと懸命だが、「ただ、足元に固執しすぎないよう、シュートストップの練習もやるようにしています。やはり、キーパーにとって最も大事なのはそこですからね」と冷静である。
プロになってからタイトルと無縁でもある。浦和時代は2002年のヤマザキナビスコカップ準優勝。浦和から鹿島に期限付き移籍した2003年のヤマザキナビスコカップは決勝で浦和に敗れた。清水時代は2005年度の天皇杯準優勝、2008年のヤマザキナビスコカップ準優勝、2010年度の天皇杯準優勝。5度、あと一歩で優勝を逃している。
「おやじにもよく言われました。またシルバーかよって。とりあえず、1個取りたいです。結局、アイツが勝負弱いのかとなる。1位と2位の差はデカイですからね。そういうのって、今の若いヤツらにもつながっていく。オレもそうだけど、若いヤツがこのタイミングで優勝を味わえれば、自信にもつながるし、周囲の見方も変わる。それこそ代表にもつながると思う」。
そう言う西部はかつて日本代表に近づいたことがある。2007年4月、オシム監督(当時)から日本代表候補の合宿に呼ばれた。
「めちゃめちゃ(代表に)入りたいですよ。でも、今のプレーじゃ入れないです。やはり、もっとシュートを止めないといけない。そうなれば優勝できる」。
優勝することが、チームの、そして自分の可能性を広げるということを理解している。菊池コーチは「(代表に入る)可能性はあると思う。今のままでも十分、代表レベルに近いプレーヤーです。いいプレーを持続させることが代表につながっていくと思う」と背中を押す。
プライベートでは昨年12月12日、大きな喜びを手にした。念願だった第一子となる長男、陽(はる)くんが誕生した。「子供が生まれると変わる」。開幕までは実感がなかったが、試合に出るたびに皆が言うことを実感している。
「今までも、奥さんがいて、家庭のために働こうという思いもありましたが、今はお金を稼ぐというのではなく、子供が物心ついた時にサッカーをやっている姿を見せたいというモチベーションがあります。第一線でやっていたい。父親が頑張っている姿を見たらどう思うんだろうとか考えます。昔は自分の感覚だけで、40歳までやりたいと思っていたけど、今は子供ありきですね。ただ、40歳になっても頑張っているキーパーが出てきたら、キーパーの価値が上がるし、下の世代にもつながると思います」。
愛息のことを話す西部はすっかりパパの顔になっている。「子供中心の生活になりました」。19時半に陽くんをお風呂に入れるのが日課になっている。就寝時間も2時間以上早くなり、21時半には一緒に床につく。
「おむつも替えますよ。ただ、よく泣かれます。子供と2時間ぐらいお留守番すると、母親がいないから泣くんですよね。泣いている理由を考えてもキリがないし、深く考えない。寂しいんだろうなとか勝手に思って。ほんと泣きやんでくれない。昔は抱っこしても泣いていました。俺の体は硬いんでしょうね。ちょっと違和感ある顔をするんです。嫁には勝てないですね」。
今季中にJ1通算300試合出場を達成する可能性が高く、記念すべき試合は陽くんを抱っこして入場したいという。
2012年にフロンターレに移籍してきて、4シーズン目に入った。昨季から副キャプテンを務めていることもあり、西部の責任感は日ごとに増している。
「優勝を狙えるチームにいさせてもらって、この年齢で、この立場で、今のままだとダメだと思っています。もっとやらないといけない。もっと頼りにされないといけない。オレなんか、撃ち合いするチームは自分が生きると思ってフロンターレに来たというところもある。ピンチが多ければ多いほど自分が生きると。でも、数字的に失点は多いし、ここぞという時にも仕事が出来ていない。大事な試合を取りこぼすとか、2年ぐらい続けてやってしまった。まず、そこは変えたいですね。そういう試合を1試合でも減らせていれば、昨年や一昨年もタイトルの手が届いていた。優勝したいのは自分のためでもありますが、きれい事と言われるかも知れないけど、僚太とか川崎をしょって立つ若い選手が若い時に優勝を経験すればクラブも個人もさらに大きくなれると思う」。
自分のため、仲間のため。チームの大黒柱であるキャプテンの変化を感じ、サポートを約束する。
「今年、憲剛はすごくやろうとしている。チームのために自分がやるべき事をやろうという気持ちは昨年より強い。それはすごく分かる。俺がやらないといけないと思っている。でも、一人だと簡単にはいかない部分もある。どこまで出来ているか分からないけど、憲剛の負担を減らしてあげたい。アイツが発言しなければいけない場面で、代わりに言ってあげるとかね。もちろん、憲剛にもガンガン言いますよ。憲剛も俺に言ってくるし、要求し合える。すごくいい関係だと思いますよ。憲剛と話をして、いろんな事をやっている。今シーズンが終わった時、30歳以上で話し合ったあの会をやって良かった、みんなでミーティングして良かった、と思いたい」。
西部は縁の下の力持ちとしてフロンターレを優勝へと導こうとしている。
ピッチ全体を見渡しながら守備陣を動かし、抜群の集中力と反射神経でゴールマウスに立ちはだかる守護神。 高い身体能力と冷静な判断を融合させたプレースタイルは年々安定感を増している。2015年は中村憲剛とともにチーム最年長選手となる。
1980年12月1日/兵庫県、
神戸市生まれ
ニックネーム:ヨウヘイ