Going my way
DF7/車屋 紳太郎選手
テキスト/いしかわ ごう 写真:大堀 優(オフィシャル)
text by Ishikawa,Go photo by Ohori,Suguru (Official)
2017年元日。
大阪・吹田スタジアムで開催された天皇杯決勝戦。鹿島アントラーズとの死闘は、延長戦の末に1-2で敗戦となった。車屋紳太郎は120分間ピッチに立ち続けたが、初タイトルを掴むことはできなかった。
「フロンターレの歴史を変えたかったというのはありました。去年、リーグ戦も1stステージで惜しいところまで行って、年間優勝も落として…チャンスが何度もあったのに、一度も手にできなかった。後悔というか、悔しい思いがありました」
勝者と敗者が並ぶ試合後の表彰式は、ときに残酷だ。
壇上では鹿島の選手たち天皇杯を掲げるセレブレーションを繰り返して喜んでいるが、その少し離れた場所に目をやると、フロンターレの選手たちが複雑な表情で佇んでいる。中村憲剛や田坂祐介、登里享平は過去にもこのコントラストを味わっているが、初めて経験する若手も少なくなかった。プロ2年目の車屋もその一人だ。壇上で歓喜を分かち合い続ける鹿島の選手たちの光景を眺めながら、あの場に立てなかった悔しさを噛み締めていた。
「あそこに立つために何試合もやってきたわけで、その積み重ねてきたものがすべて消えてしまった…そういう感じはありましたね。本当に悔しかったです」
この決勝戦は、4年半に渡ってクラブを率いてきた風間監督のラストゲームでもあった。車屋にとっては、筑波大学時代とプロ入り後の2シーズンに渡って、自分を育ててくれた指揮官との別れとなった。
「2年間使い続けてくれたので、その恩返しをしたい気持ちもありました。あそこで胴上げしたかった。試合後は泣いてる選手もいたし、すごく残念でした。終わった後に、風間監督が『お前はこれからだぞ』と言ってくれて、それが最後でしたね。自分には期待してくれているんじゃないかなと思います。チームは変わりますが、それに応えたいという気持ちはあります」
こうして車屋紳太郎にとって、プロ2年目の幕が閉じている。
鬼木体制となる新チームが始動するまでのオフ期間はほんの2週間たらず。地元に帰って、とにかく1年間の心身の疲れを取り除くことに専念した。
「オフが短かったので、とりあえず何もしなかったですね。ゆっくりしたかった。こっちに早めに帰ってきたので、10日間ぐらいは熊本にいました。1年間の疲れを10日間ぐらいで取るつもりでしっかりと休んで、キャンプからまた切り替えてやろうというところでした」
振り返ってみると、昨年は年間通じて優勝争いを演じ続けるタフな一年だった。そんなシーズンを走り抜き、今季はプロ3年目を迎える。少しずつ選手としての自信も生まれている。
「余裕を持ってやれるようになりましたね。ミスをしてもすぐに切り替えて、あまり気にし過ぎないようになりました。試合への入り方とか、どう過ごせばいいのかとか。あとはサイドでマッチアップする選手だけではなく、チーム全体を見ながら試合をやるようになりました。1対1のことだけを考えすぎるのも良くないですし、相手全体としっかり戦わないといけない。そういうところの成長は感じます」
思えばルーキーイヤーの2015年、彼は開幕戦からスタメンとしてピッチに立っている。
前年度のシーズン最終盤に特別指定強化選手としてすでに出場経験があったとはいえ、新人が開幕戦で先発出場するのは、クラブの歴史では伊藤宏樹以来となる快挙でもあった。
「一年目はまわりにあわせることで精一杯だったと思います。レベルの高さにビックリしました。一つのミスが失点につながる。そういう難しさ。やっていいところと、やっていけないところ。それはすごく感じました」
例えば、その開幕戦である横浜F・マリノス戦。
エウシーニョのゴールで幸先良く先制したものの、小林祐三にあっさりと同点弾を決められている。左ウィングバックの車屋紳太郎が、背後を狙っていた小林のマークを外したミスから起きた失点チームは再びリードした後、最終ライン下げることで3バックから4バックにして応急処置を施したが、ほんの一瞬のミスが命取りになる世界だと痛感したという。
「ちょっとでも気を抜いたらやられる。大学時代では許されたミスが、プロでは許されない。少しでも横着したらやられるのがアマチュアとプロの違いですね。ひとつのミスが許されない。そこは難しかったですね」
試合に出続ければ、そのレベルがスタンダードになっていく。高いビルドアップ技術をベースに、スピードとタイミングを生かした左サイドからの攻撃参加で、1年目からレギュラーとして定着するなど順風満帆だった。ただ全力疾走したがゆえに息切れを起こし、徐々にパフォーマンスが低下。夏場には出場機会を失っている。そうした反省もあり、2年目の昨シーズンは、年間通じてパフォーマンスを発揮できるコンディション作りを意識して過ごした。そして3年目の今シーズン、さらなる成長を誓っている。
「もっともっとフロンターレで絶対的な存在になりたい。そこを目指さないといけないと思ってます」
鬼木体制となって始動したチームは、小林悠が新キャプテンとなり、副キャプテンには谷口彰悟と大島僚太も名を連ねるなど、若い力がチームの中核を担い始めている。役職こそないが、車屋紳太郎も、そこに近い役目にいると言っても過言ではないだろう。
ACLも含めて公式戦全試合にフルタイム出場している唯一の選手であることが、指揮官から信頼されてるなによりの証拠だ。とはいえ、ターンオーバーして臨んだ香港でのACL・イースタンSC戦でも先発出場することになったのは、さすがに驚いたという。
「メンバーを変えるんじゃないかという雰囲気もあったんですけど、けが人も多くて、試合に出れるのが10人しかいない。あと1人となったら、まわりからは『まず紳太郎でしょ?』みたいな空気になってました(笑)。試合が終わってリカバリーして、次の日から移動して練習していて、そのときからスタメン組だったので、『準備するしかないな』って切り替えてました。連戦で試合に出ているメンバーだと、若いのが僕や竜也(長谷川竜也)、奈良ちゃんとかなんで、そういう選手が出るのが当然だと思ってます。それに連戦ですけど、調整はしやすいところはありますね。リズムもだんだんできているし、そのぐらいが心地よかったりします」
過密日程を戦い抜く上で日頃の体調管理は怠らないが、それほど特別な調整は意識していないという。連戦が多いため筋トレは控えめにし、二日前にメンテナンスを行ってコンディション維持に重点を置いて過ごしている。けが人が多く苦しい台所事情が続いた中で、左サイドバックとセンターバックを高いレベルでプレーできる車屋の仕事ぶりは、チームに欠かすことのない存在だ。最近では、主力としてチーム全体を見る意識も高くなってきている。例えば練習後にチームメートとコミュニケーションを取る機会も多く、それを意識的に行っているとも口にする。
「練習後は寮で食べるのではなく、最近は選手とご飯に行くことが多いですね。先輩に連れて行ってもらったりもします。ソンリョンは、たまに焼肉を連れて行ってくれます。そういうときにメンタルの話を熱く語ってくれることもありました。安藤くんも多いですね。あとは後輩を連れて行ったり、そういうのが増えました。こないだは試合後に、奈良ちゃんとメシに行きました。奈良ちゃんの印象ですか?熱すぎますね(笑)。普段はそんなに熱くないし、試合中もガンガン声を出すわけじゃないんですよ。でもプレーが熱いんですよ」
鬼木体制では局面での球際の強さを求められるようになり、寄せのアプローチなどではより激しさを増した。奈良竜樹の熱さに刺激を受けても、車屋はピッチでそれを感情面で表現しないタイプだ。例えば相手から削られるほどのファールを受けてもそこで感情的になったり、お返しに削り返したりはしない。
「全然しないですね。もし来られても、相手にイエローカードが出れば、それで問題ないですから。相手を熱くさせる方が嫌ですね。それで削られたりするのが嫌なので」
自分が熱くならないのは、相手を熱くさせないためでもあるというわけである。きっと、そこに車屋紳太郎の美学があるのだろう。
この取材の前、クラブHPのQ&Aページを眺めていたら、彼は「好きな漫画のキャラクター」という項目に「スラムダンク 流川楓」と回答していた。
スラムダンクはバスケットボール漫画の大ヒット作品で、車屋は学生時代に貪るように読んだという。流川楓は、物語の主人公・桜木花道のライバルで、無口でクールな天才プレイヤーである。どことなく車屋紳太郎も雰囲気が似ているような気がしないでもない。もしかしたら、自分と重ねるところもあるのだろうか。少し気になったので、好きな理由を聞いてみた。
「流川くん…なんすかね。あんまりしゃべらない感じですかね。口だけじゃなくて、語らないけどプレーでやること。あっ、そんなことを書いてたんですね、おれ」
書いていたことすら忘れていたのが車屋らしいが、彼自身も流川同様、あくまで闘志を内に秘めて燃やしていくタイプである。「目標を紙に書く人、多いですよね。貼っている人とか。絶対にしないです、絶対に」と笑う。決して饒舌に語るわけでもなく、気持ちをみなぎらせてプレーを表現するわけでもない。そのため、彼の人物像に迫ろうとすると、どこか掴みどころがない性格という印象も受けてしまうほどだ。
例えば、先月開設された彼の公式LINEブログ。
モバイルフロターレ時代から、その独特のセンスでつづられる彼のブログは、サポーターの間で話題になっていた。車屋本人に聞くと、ブログで展開されている世界観は、自身のお笑い好きが背景にあるのだという。彼の頭の中を垣間見れる場所と言えるが、これを読むと、ますます性格が掴めなくなる。
そんな車屋の性格について、チームメートたちはどう見ているのだろうか。
「いや、掴めないですね。何を考えているかわからないところがある」と笑うのは、主将の小林悠による車屋評だ。ちなみに小林は、目標を紙に書いて貼るタイプでもある。言葉を続ける。
「試合中や練習のことで何か言っても、『本当に聞いているのかな?』と半信半疑になることがあります(笑)。でも何か言われてもブレていないし、全然へこまない。アドバイスを聞きすぎてへこんでしまう選手もいますからね。人の意見を素直に聞きながら、吸収することを学んだらより大きくなると思います。最近は徐々にですが、声も出すようになっているし、自覚も出てきているので期待していますよ」
少しずつチーム全体を見るようなスタンスは持ちつつあるようだ。だが、あの掴めない性格自体は子供の頃からずっと変わっていないという。昔からの付き合いがある谷口彰悟はこんな風に証言する。
「シンタロウはずっとあんな感じですよ。人と違う変なツボを持っているというか、自分の世界を持っている感じですね。(大津)高校のときも監督に、『お前は部屋に篭って爆弾を作っているタイプだな』って言われてましたから(笑)。そのぐらい、何を考えているのかがわからないやつなんです」
なお車屋の歩んでいるキャリアが、同郷の近所で一つ年上の先輩である谷口の背中をピッタリと追い続けてきていることはたびたび言われることである。自分の道のすぐ後ろを走ってきている後輩の思いを、谷口はどう感じているのだろうか。
「全然そんな感じじゃないと思いますよ。なんなら、行きたい道の先に(自分が)いて、『ショウゴさん、前にいると邪魔なんですけど?』ぐらいにしか思ってないと思います(笑)」
そう言って、谷口は一笑していた。
車屋紳太郎の中でもっとも大きな変化といえば、この1年半の間に家族が出来たことだろう。今年4月には第2子となる男の子・賢人(けんと)が誕生したばかりだ。練習を終えて帰宅してから子供と過ごす時間は、かけがえのない至福のひとときとなっている。
「一人暮らしのときはサッカーのことばかり考えてしまっていましたからね。家に帰って子供がいると、それを忘れられるし、子供のために頑張ろうと思いますよ。遠征に行くと、『(子供に)会いたい!』ってなりますね」
2児の父親となったことで、また新たなモチベーションも湧いているはずだ。例えばサッカー選手として、さらに上のレベルにいきたいという欲もあってしかるべきだろう。昨年、日本代表候補合宿には召集されている。
「代表に関しては、やっぱりテレビで見ているだけではわからないですからね。メンバーに入ってそのレベルを味わないと、何も感じられないと思います。(合宿では)雰囲気はピリっとしていたし、一人一人の技術的な高さを感じました。批判されることも多いですけど、日本のトップレベルであることは間違いない。難しいとか厳しいとか、口で言うのは簡単ですけど、実際にそこのピッチに立ってみないとわからないものがあると思います。ただ先を見るというよりは、一歩一歩行きたいと思います」
では、代表になるためには何が必要なのか。現役の代表選手でもある小林も、車屋のポテンシャルは認めている。ただ、まだ課題があることを指摘する。
「大卒から出続けているし、誰が見ても能力の高さは抜群ですから。あとは頭の部分。まだ感覚でプレーしてますね。それでも、これまでは能力でなんとかなっていたのだと思います。守備でも対人は強いし、地上戦もほとんど負けない。でもポジションの細かいところで考えてやれば、もっと大きくなりますよ。あとはクロスまでは行っても、精度を欠いてる。そこはレベルアップして欲しい。周りの使い方と、最後の精度ですね。最近は徐々にですが、声も出すようになっているし、自覚も出てきているので期待していますよ」
ハリルジャパンでの代表経験のある谷口も同様の見解だ。
「人に強くなってきたし、そこの強さは頼もしくなってきている。あとは頭を使うところですよね。身体能力が高いので、ポジショニングをさぼりがちになる。能力が高いので、それでも間に合ってしまうんです。能力任せではなくて、そういうところで水を漏らさないようになると、ほぼ完璧になると思います。あいつは代表を目指す選手だと思うし、そういうところで丁寧にやる癖をつけるのが大事になると思います。自分がチームを率いる中心になる自覚は持ってもいいと思います。そういうキャラじゃないかもしれないけど、そういうのも言ってられない。やるべきことをやっていかないといけない。まわりに動かされるのではなく、まわりを動かしていく選手になっていく。そこは期待しています」
現在、車屋紳太郎はサッカー選手として、どんな思いを強く持ってプレーをしているのか。例えば、家族のためなのか、自分のためなのか…どちらの思いが強いのだろうか。意外にも即答だった。
「一番大きいのは自分ですね…そこは変わらずに自分です。練習のときや試合になると、家族のことも忘れていますから。自分の世界に入っている。自分が一番ですね。次に家族かな」
自分の中の変わることと、変わらないこと。その変化というのは、車屋自身も気づいていないのかもしれない。しかし、彼はそうやって自分の世界と向き合い、自分の道を突き進んできたのだろう。そして、これからも力強く歩み続けていく。
profile
[くるまや・しんたろう]
対人守備の強さと巧みな足技を生かしたドリブル突破が持ち味のDF。左サイドでタメを作り、一瞬のスキを突いて相手の懐をえぐるクロスを送り込む。昨シーズンは安定した守備力に加え、攻撃面でもフィニッシュに絡む回数が増えた。能力の引き出しはまだまだ増えるはず。実戦を通じて勝負の流れを読む力を高め、さらなるステップアップにつなげてもらいたい。
1992年4月5日、熊本県
熊本市生まれ
ニックネーム:シンタロウ